2025年 すきとおったたべもの

2025年の年明けに書き初めをした。

「すきとおったたべもの」というフレーズが何度もうかんできて

このような詩、詞になった。

これは宮沢賢治の「注文の多い料理店」の前書きに出てくることば

自然界の風、光であり、人や物や見えない何かが発するエネルギー

とにかく澄んでいて清浄で・・・

実際の食べ物というのはこの時あまり浮かばなかった。

ところが春あたりから何かインスピレーションと縁が展開していって

「フルーツと少食で感覚を研ぎ澄まし高次元にアクセスする」という福田カレンさんの講座に参加することになった。5月〜10月まで。

前期の終わりに1回、後期の後に1回、カレンさんとのオンライン面談があった。

この期間内に起こった出来事、身体のこと、感情の揺れなど自分が予想していなかったこと というかこれまではあの地点まで行きたいなあ と目指す地点へエネルギーを向けていく感覚だった。

それが、起きてくることにその都度応答しているとこの地点に来ちゃった。それでいまここにいますという感覚が多くなっていった。

去年バリ島で友人が最高に美味しい大好きなパパイヤを用意してくれて、それを食べた時細胞が目覚めた衝撃からフルーツへの恋心が湧き上がってきた。

参加動機はフルーツを知る、健康になりたい、さらに霊性も高まったらすごいな だったのが

非二元のカレンさんの講座だから、まさに「すきとおったたべもの」

なにもなくて満ちているフィールドを思い出すことになった。

きょうは12月31日 大晦日

2025年を確かに生きてきたんだけれど夢のような、自分のことなのになにかのドラマを観たような、色々と気づきは起きたけれどなにひとつ変わっていないような

地球を遊んでいます。

 

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