「私」がいないとき

以前OSHOメディテーションリゾートhttp://www.osho.com/ja/
のペインティンググループに

Who is inのファシリテーターのガンガが来きてくれて何回かワークをしてくれたことがある

パートナーを組んで「あなたにとって創造性とはなんですか?」のワークのあと
「自分の創造性を妨げているもの」
「自分の創造性をたすけるもの」を書き出すエクササイズがあった

10個ほど書き出して順番をつけるのだが
 私の「自分の創造性を妨げているもの」の第1番目が
 「自己イメージ」 だった

これには自分で書いて驚いた

他人が自分をどうおもっているのか
どんな人間としてみられているのか
けっこう気にしている自分がいるのは知っていたが

もっともじゃまをしているのは
自分が自分に対して抱いている自己イメージだ

その自己イメージも
他人から何度も言われたことで
おもいこんでしまっているものが多い

しかし
そんなイメージすら予期せずぶっ飛ぶ瞬間がある

まわりも驚くが本人が一番驚く

絵をみて あなたらしいね と言われるのは
うれしいような そうでもないような

本人が驚きたいんだ

私をとおしてこんなものがうまれてきたのか!

神は次の瞬間 予想のできない創造を自分でして
自分の創造に驚いているんだ

以下「バーソロミュー3」より

 『画家はどんなときに絵を描く幸せを感じるのでしょうか。
 絵を描いていて、画家という存在がなくなったときです。
 創作行為がおこなわれているのですが、使う色や絵筆の動きについて
 画家はいちいち考えてはいません。
 その瞬間、画家は無限の空間にいます。
 こうした異質の空間に入る画家の能力が高ければ高いほど、
 その作品は偉大なものとなります。」

私は
予期せず美しい絵がうまれたことに驚き
予期せずおどろおどろしい絵がうまれたことに驚き
その絵を瞬間こわしてしまったことがある

壊したあとで
私が美しいのでも
私がおどろおどろしいのでもないことに気づく

宇宙で表現されたがっていたなにかが
私をみつけ私に描かせたのだ

「私」がいて描いた絵と
「私」がいなくて描いた絵はすぐわかる

自己イメージから話がとんでいってしまったが
こんなふうに展開していくのはおもしろい

文章もまた
「私」がいたり「私」がいなかったりするのだろう

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA