ダイナミック瞑想  OSHOライフトレーニング2014

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「ダイナミック瞑想は何歳でもできる」というスヴァギートのことばに励まされて
今回も右肩があがらないところから私のダイナミック瞑想は始まった

7泊8日の能登でのOSHOライフトレーニングはMeeraのパートナーである、
ドイツ人でセラピストのスヴァギートがダイナミック瞑想、クンダリーニ瞑想をリードしてくれるという
スペシャルかつとてもありがたい毎日で学びと気づきの日々となった

このアクティブな瞑想のすばらしさは体験するしかない
それも私の見解では続けて4日以上
OSHOはまずは21日間やりなさいと言っているが3日目あたりで身体の痛みのために
やめてしまうのは非常にもったいない

50歳を過ぎて私もひとりでやるのだったら
肩は凝って腕はあがらない、
ジャンプすると膝は痛い、飛ばなくてもフーを下半身に打ち付け響かせることさえつらい
腰は悪いし体力的に無理・・・ となるところだ

結論からいうと ダンスで腕をあげて踊ることさえできなかった右肩が
1週間後にはあがるようになり膝の痛みはなくなり
鼻づまりが消え第3ステージのフーのおかげで声が深いところからでるようになった

スヴァギートは私たちの様子をみて
毎日違うアドヴァイスと説明をしてくれた

私の瞑想をたすけてくれたのはこの点だ
第2ステージでのカタルシスで声をだすときの野生の動物、
モンスターになりきるエクササイズ
そして第3ステージ フーの音を自分の声のフーで
まわりのひとのフーがきこえないくらい強く出すということ

第1ステージの混沌とした呼吸、第2のカタルシスも
こういうのじゃ駄目という見本をみせてもらえたことが良かった

サニヤシンになって22年 ダイナミック瞑想はインドのOSHO瞑想リゾートで
一時期毎日のようにやったけどこの年齢になっても新しいことが起こることが
驚きだ

というのは第2ステージのカタルシスで
自分とまわりとの間に一枚の薄い膜があって
私とは関係のないところで劇が上映されてる感覚が起きたことだ

これは自分にとっては画期的なことである
他人から影響をうけやすい霊体質を自称している私はこれまで
第2ステージは他のひとのゴミをうけないようにがんばる?必死のステージだった

それが私の向こう側で一切が起こっていたのだ
それで愉快になった私からはネイティブな民族の
意味不明の詩のような音がろうろうとしばらく出続けた
ダイナミック三日目のことだ

しかし最終日には
叫ぶ声ではなく私の近くに低いうなるような声を発する人がいて
私にはその音が耐えられなくて信じられないほどのカタルシスが起こった
まあお互いに助けあっているということだろうか

アクティブな瞑想を苦手とする自分を熱く語らせるダイナミック瞑想のすごさ

いまは正直 家で一人でやる気は起こらないが
感情面で問題を感じているひとにとってはすばらしい薬になる

処方する医師がいるように瞑想をリードするひとの重要性がある
Meeraのダイナミック瞑想リードも毎回すばらしく今回はスヴァギート
私たちは本当に恵まれている

あともうひとつ
いいアイディア 素敵なことが起こっても
それを掴まず手放し続け 変化を許すということを彼は言っていた

ネガティブもポジティブも執着すると停滞する
自然は動き続けている

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