2016年1月18日  

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1月18日が自分のサニヤスバースディだったことをすっかり忘れていた。
19日のfacebookをみて「きょうはやけにOSHOの写真のUPが多いなあ」と
OSHOのセレブレーション(肉体を離れた日)の日も忘れていた。

あれっ  自分はどんなふうにすごしていたんだろう。
振り返ると18日はエナジーチェンジを感じた日で朝から軽やかだった。
前日の17日は得体の知れない不安にとらわれた一日で
なにもかもがだいなしになって振り出しにもどったような落ち着きのなさを感じていた。

18日はあまりにも新しい朝だったのでOSHO禅タロットをひいたんだっけ。
3枚とも絵柄をみるだけでほっとするものがあった。
1月に入ってから何度も「ストレス」のカードをひいていて
なにもしていないのに頭の中ではあれこれ計画だてているのかなとおもった。
今年の干支の猿(申)がピンで曲芸師ののった球を一刺ししようとしているのがおもしろい。

「死もなく、怖れもなく   生きる智慧としての仏教」  ティク・ナット・ハン

すべてのものの本質は、生まれることも死ぬことも、

到達することも出発することもない。

私の本質は来ることもなく(不来)、消えることもない(不去)。

十分な条件が整えば私はすがたを現し、

条件が整わなければ隠れる。

私はどこへも行かない。

私はどこに消えてしまうのかって?

私はただ隠れるだけ。

ティク・ナット・ハンはこのことをTVやラジオにたとえて言ってくれている。
部屋の中に電波信号が飛び交っていて信号はいたるところにあるけれど
条件・・・ラジオかTVが揃ってスイッチを入れるひと、行為がそろうと
そこに番組が映し出される。

「条件がそろうと何かが顕現する、とブッダは説いた。
私たちはそれを生(存在)と呼び、ここからひとつふたつ
条件が抜け落ちると、ものは同じようには顕現しなくなり、
私たちはこれを死(非存在)と呼ぶ。
ブッダによれば、何かが存在する・存在しないと考えるのは誤りで、
実在の世界では完全な存在・非存在はありえない。」

なにかスーッとした。
深いところが静かになった。

「死について41の答え」 OSHO
この本の中に「死を超えるための瞑想法」が14のっている。

1番目がハミング瞑想(ナーダブラーマ)
この瞑想のメカニズムというか方向性を知って驚いた。
何度もやっているのにOSHOのことばをはじめて目にした。
たぶんどこかで読んでいたのかもしれないがいままで気に留めなかった。
この瞑想を早朝夜明け前、僧たちがやっていたときいている。

インドのコミューンにいたとき、「死の瞑想」はやらなかった。
そういったグループがあったがやろうとはおもわなかった。
なにせデスセレブレーション(誰かが肉体を離れた時の、コミューンでのお葬式?)もきらいで
火葬場に行ったのは一度きり
花で飾った屍を運んでみんな歌って踊って焼き場まで道を歩く。
焼き場で灰になっていくのを炎とともに祝う。

死がこわい私には参加したくないセレブレーションだった。

ところが今回本を読んで
貴重な機会が何度もあったのに
私はカタチだけのものととらえていたなあ
瞑想として参加 することもできたのに とおもった。
いまだからおもえるのだとおもう。

13番目の つま先から火をつけて焼かれていくのを感じる のをやった。
こういった瞑想はこれまで躊躇していた。
なんか縁起が悪いなあ・・・縁起?死ぬことが?
すべてのひとが確実に肉体の死を迎えるというのに。

この日は雪が降って静かで寒かった。
コタツに入ったままだったけれど
火で自分の身体を焼いていくのをおもいうかべた。
とても心地よくて 気づくと身体がリラックスして時間がたっていた。

寝る前にこれをやろう。
OSHO「このテクニックには少なくとも三ヶ月かかるだろう。続けてみなさい」

毎晩眠るのだから眠るまでの間だったらできるかもしれない。

こういった瞑想に惹かれるのは一部のひとかもしれない
やむをえずやるということかもしれないし
深いおもいなくやるのかもしれない

禅でいうところの「縁起」がよくわからなかったが
2冊の本に縁を持ち
触れた という感じがした。

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