顔というもの

 

セルフポートレートは いわゆる似顔絵とは違います。

といっても鏡の中の自分をみつめ
絵として表現されたものを見ると

似てない・・・ 似てる~ という
感覚、ことばがでてきます。

似てる とは何をして 似てるというのだろう。

技術的にそっくりそのまま
カタチをうつしとって描けたものを似てるというのか

自己イメージに近い自分をそこに見たとき
似てる というのか

似ている、似ていないに関係なく
鏡の中の自分と対面して
取り組むというのはけっこうしんどいことです。

わたしたちは
ただ みる ということをしないからです。

鏡を見たとたん
ああだ こうだの自分裁判がはじまり
描きはじめると また
こうじゃない なんで描けないんだろう がやってきます。

ミラは 顔をかたまりとしてとらえ
光のあたっているところ
影になって暗いところを
見て 表現していくように導きます。

すると そこにキャラクターなしのひとが現れ
キャラクターがないほどに 自分が現れる
という不思議が起こります。

ワークの途中
何の説明もなくはじまることもあります。

深いワークのあと
セルフポートレートを描いた事のない人でも
描き方を説明しなくても
そこに あらわれてくるもの

「どれだけ 自分自身とむきあったか」と
ミラは言います。


感情がふきだしそうなモンスターのような顔
若いお坊さんのような顔
母とそっくりの顔
焦点が定まらない眼をした顔
ひょうきんな男の顔
決意を感じる顔

などなど これまでたくさんの顔を
わたしは自分が描いた絵の中にみることになりました。

この秋にミラの
「家族の座」とポートレートのワーク2日間が
急遽決まりました。
http://oshoartunity.com/meera/training.html


パートナーの顔を描くことも
パートナーが鏡の役割をしてくれるのかもしれません。

笑いの中で気楽に描くことが起こるのか
一筆も進まないような感じになるのか
涙と鼻水で踊るのか

それは未知です。

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