魔境 ②
私自身の一瞥体験を悟っただとか誇らしいという気持ちはなかったが 記憶として宝石箱に入れていたことは事実だ バッグを盗まれ足の爪をはがす という体験も いまとなっては済んだ体験にすぎないが 直後はインド人男性をみると恐怖が…

私自身の一瞥体験を悟っただとか誇らしいという気持ちはなかったが 記憶として宝石箱に入れていたことは事実だ バッグを盗まれ足の爪をはがす という体験も いまとなっては済んだ体験にすぎないが 直後はインド人男性をみると恐怖が…

写真の「お気楽」 「芸熱心」 このコラージュに入っている二つのワードは自分をうまく表現しているとおもう 瞑想人の体験として「一瞥」と呼ばれるミニ悟り状態が起こる その味わいは人それぞれだとおもう ひとのことはわからないの…

「ダイナミック瞑想は何歳でもできる」というスヴァギートのことばに励まされて 今回も右肩があがらないところから私のダイナミック瞑想は始まった 7泊8日の能登でのOSHOライフトレーニングはMeeraのパートナーである、 ド…

自分をごまかすことはできない のタイトルで書いてきたが わかったフリはしても 「本当はわかってない」 ということを自分自身は知っている 井上義衍老師の「兎の毛ほどの疑い」という比喩 それくらいの疑いでもいつか自分をぐらぐ…
金剛さん、テラさん、井上老師とすべてスピリチュアルTVのご縁だったが 3月25日の放送 テディさん「悟りへの道」はとても濃かった http://www.ustream.tv/recorded/45334151 扉を開く鍵…
浜松のカフェ寺では私たちのどんな質問にも井上老師が 竹を割るような気持ちよさでスパッと答えてくれた 大悟されたお方はシンプルで晴れやかで普通で これぞ禅 迷いなし の存在まるごとだった このとき私には「死」の質問がうかん…
死とはなにか なんてことをいつも考えていたわけではない できればそんなこと気にせずにいたかった でもあちらのほうから来たものだから無視できなくなった 東北の冬眠状態から浜松に行くことを決めたのは 2月24日に月2回ある井…
どうにもこうにもこれまで問題にしなかったことが ことあるごとにうかんでくるようになっていた それは家族や親しい友人、そして自分もふくめて出かけようとする時など なにか突然の事故や病気で死んでしまうのではないかという恐怖が…

2014年が始まった 私はどう在りたいんだろう と自分に問いかけたとき 昨年 和尚庵でやったクリーンランゲージのことが思い出された (ファシリテーターDASOのブログhttp://ameblo.jp/dasosaito/…
なにか起こってほしくないことを回避するためにどれだけのエネルギーを注いでいるかに気づいてから 積極的受容姿勢になることを決めた 避けるためのエネルギーの半端のなさ 自分のバカバカしさにほとほと愛想がつきたのだ なるように…